講演会・座談会記録集

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第55回 日本呼吸器学会 学術講演会 ランチョンセミナー22
悪性胸水に対する胸膜癒着術

岩崎 吉伸 先生 坂 英雄 先生 石井 芳樹 先生

2015年4月19日に開催された第55回日本呼吸器学会 学術講演会共催のランチョンセミナーでは、国立病院機構名古屋医療センターの坂英雄先生と獨協医科大学の石井芳樹先生が「悪性胸水に対する胸膜癒着術」について治療の実際と滅菌調整タルクの安全性を中心に現状を紹介された。

(2015年8月作成)

目次

【講演-①】タルクの有効性とエビデンス

【講演-②】胸膜癒着療法の限界 タルクは安全か?

[質疑応答]

[講演-①]タルクの有効性とエビデンス

日本でも浸透しつつある世界の標準治療

がん性胸膜炎の原因で最も多いのが肺がんで38%、次いで乳がんが17%と続き、両者を合わせると55%を占める(Thorax. 2010;65(Suppl.2):ii32-ii40)。また、肺がんにおいて胸水が生じるケースは約40%で、呼吸器科医にとって胸水は対処すべき重要な疾患病態であることが分かる。
悪性胸水に対する胸膜癒着療法は、胸腔穿刺や胸腔排液などと共に重要な治療法であり、対象となる症例も多い。これまでいろいろな胸膜癒着薬が試されてきたが、現在の「標準的」胸膜癒着薬は日本ではOK-432(ピシバニール)、日本以外では粒子径を調整した滅菌調整タルクと両者で異なる。滅菌調整タルクは、1996年にヨーロッパで、2003年に米国で承認された。エビデンスは豊富にあり、Cochraneライブラリーでも推奨されている。
このような背景から、2010年にはBTS(British Thoracic Society)、2013年にはACCP(American College of Chest Physicians)のガイドライン等で滅菌調整タルクの使用を推奨している。日本では、2011年に日本緩和医療学会のガイドラインに取り上げられ、2014年には日本肺癌学会でも胸水ドレナージ後に胸膜癒着術を行うことを推奨グレードAとし、その際の使用薬剤についてOK-432とタルクが記載されている(表1)。

滅菌調整タルクによる胸膜癒着術の有効性

我々は、日本医師会の治験推進研究事業(厚労科研究補助金事業)によって、「がん性胸膜炎に対する滅菌調整タルクによる胸膜癒着術の第Ⅱ相試験(J-TALC)」を医師主導治験として行った。参加施設は全国6施設で、被検者数は肺がんなどによる悪性胸水患者30例(表2)。選択基準は“確定診断されたがん性胸膜炎”で、“呼吸困難等の症状”を有し、“肺の再膨張”が認められ、“ECOG performance status 0~2”などである。

試験方法は、16F~24Fのダブル・ルーメン胸腔内ドレナージチューブを留置し、胸水を可能な限り排液して肺の再膨張を確認。1%塩酸リドカイン10mLを前投与した。次に生理食塩液50mLに懸濁させた滅菌調整タルク(ユニタルク®)4gを胸腔内に注入し(Slurry法:胸腔内懸濁液注入法)、生理食塩液50mLを追加注入してクランプを行った。15分ごとに体位変換を行い、2時間後にクランプを開放。低圧持続吸引による排液を行い、1日の排液量が150mL以下になった時点で抜管した。海外文献では体位変換を不要としているものもあるが、懸濁液なので万遍なく行き渡らせるために体位変換を行った。また、本臨床試験では16F~24Fの胸腔内ドレナージチューブを用いたが、BTSのガイドラインでは10F~14Fを推奨しており、通常は私も10F~16F程度のチューブを使用している。

使用に際しては、用法・用量に十分留意

主要評価項目は胸膜癒着術30日後の胸水再貯留の有無で、有効性判定委員会による胸部X線写真の比較で評価判定を行うこととした。再発が認められなければ有効で、胸水再貯留が抜管直後に半胸郭の10%未満の場合も癒着があることから有効とした。結果は、奏功率83.3%で、副次的評価項目である呼吸困難や疼痛の程度では有意差が認められた。また、安全性についてはCRP上昇、発熱、ALT増加、便秘、倦怠感など既報告と同等で、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)は認められなかった(表3)。

ユニタルク®の添付文書では「効能・効果に関連する使用上の注意」として、「本剤は悪性胸水の再貯留抑制のために使用し、腹水の減少を目的として本剤を使用しないこと」と記載されている。これは、OK-432が慢性の腹水のコントロールにも使われていることから、ユニタルク®の誤用を避けるためと考えられる。
また、「用法・用量」についても、4gを日局生理食塩液50mLで懸濁し胸腔内に注入すると記しているが、実際は50mL追加してWASHするので生理食塩液はトータル100mLになる。さらに、“両側悪性胸水に対して両側肺の胸腔内に本剤を同時投与した場合”“片側胸膜内に本剤を投与した後、対側胸膜内に投与した場合”および“追加投与や他の胸膜癒着剤との併用”についての有効性と安全性は確立していないことから、十分な注意が必要である(表4)。

タルク療法普及に向けて

OK-432との比較試験

今後の課題としては、日本におけるタルクの普及と腹腔鏡下で行われるPoudrage法(噴霧法)の用法・用量への追加等が挙げられる。この課題解決のため、今、世界初となるOK-432との第Ⅲ相比較試験(J-PLEURA、図1)についてWJOG(西日本がん研究機構)で討議中である。この試験は、がん性胸膜炎(肺がん、消化器がん)患者を1対1にランダムに割付け、滅菌調整タルク(Slurry法:胸腔内懸濁液注入法)とOK-432の有効性、安全性の比較をすることを目的としている。治療スケジュールは、両群とも陰圧持続吸引して1回の胸水排液量が150mL/日以下で抜管し、2回目までの投与は可能としたが3回目の注入は行わないこととした。その理由として、タルクは10gを超えて投与すると有害事象の頻度が高まるとの報告があり、4gを2回投与であれば8gであるが、3回であると12gとなりリスクが高まるからである。目標登録数は、各群150例、登録期間は2年間で計300例とし、全国レベルで実施できればと考えている。

噴霧法の用法・用量への追加

タルクを用いた癒着法には、懸濁液を胸腔チューブから注入するSlurry法と胸腔鏡を用いて胸腔内に噴霧させるPoudrage法がある。Dreslerらが行った比較試験(Dresler CM, et al.:Chest.2005;127:909-915)では、生存率や悪性胸水再発までの期間について有意差は認められなかったと報告されているが、サブ解析では肺がんと乳がんについて無再発生存率は噴霧法の方が優れていたとしている。しかしながら、噴霧のディバイスなどの問題もあり、用法・用量への追加においては解決すべき課題も少なくない。

難治性気胸への効能拡大

難治性気胸に対して、BTSのガイドラインでは手術を優先するが、手術を行えない患者については癒着術を勧めており、特にPoudrage法を推奨している。しかし、日本での使用とはギャップがあることから、これも今後検討していかなければならない課題である。

[講演-②]胸膜癒着療法の限界 タルクは安全か?

胸膜癒着術のメカニズム

胸膜癒着術で最も重要なことは、壁側胸膜と臓側胸膜が十分に接合することである。そうでないと肺の拡張が不十分なためタルクを投与しても成功率は低い。長期に胸水が溜まっていたり、腫瘍ができていたりして、肺の広がりが悪い時は癒着も不十分にならざるを得えない。
胸膜癒着が形成されるのは、①二つの胸膜が合わさったときに刺激物質が注入されることで中皮細胞が傷害され、②炎症性サイトカインであるTNF-α、IL-1、IL-8やTGF‐β、VEGF、bFGFなどが産生され炎症と線維化が生じる。③同時に凝固活性の亢進と線溶系活性の低下が起こり、④フィブリンネットが胸膜に形成され、⑤そこを足場にして線維芽細胞が遊走・増殖し、⑥線維化形成と血管増生により強固な癒着が起こるというメカニズムによる。
日本で多用されているOK-432と滅菌調整タルクは、いずれも胸膜癒着を目的に使用される薬剤である。両剤の作用機序の違いについて、ウサギの胸膜で検討した結果、タルクでは胸膜の増殖肥厚がかなり強いのに対して、OK-432の増殖、線維化能はそれほど強くないという違いが認められた(図1)。実測してみると、タルクの方が明らかに厚くなり、このことが有効性と関連しているのではないかともいわれている。

タルクによる胸膜癒着術に伴うARDS

胸膜癒着術にタルクを使用する際、最も懸念されるのが重篤かつ死亡率の高いARDS(急性呼吸窮迫症候群)の発症であるが、タルク使用症例を検討した報告を比較すると、ARDS発症率は1.2%〜9%と幅があった。しかし、この中でARDSが発症した症例は全て米国やブラジルからの報告であり、その際に使用されたタルクは小粒子径タルクのものに限られていた。これに対して成分の粒子径が調整された比較的大きな粒子を含む滅菌調整タルクを使用しているヨーロッパの報告ではARDSの発症は認められなかった(表1)。

両方のタルクを電子顕微鏡で観察すると、米国製の小粒子径タルクの粒子径は平均10.8μmと小さく、これに対してフランス製の滅菌調整タルクは平均33.6μmと約3倍大きかった(電顕像)。さらに胸膜の電顕像を観察すると、壁側胸膜に胸水が吸収されるリンパ管の開口部(stoma)が認められ、その直径は約6.2μmと小さく小粒子径タルクはここから入り込んでリンパ流に乗り、全身に循環して多臓器に分布すると考えられる(図2)。

ARDS発症と滅菌調整タルク、小粒子径タルク

そこで実際にタルクが全身臓器にどの程度移行したのかについて検討したところ、小粒子径タルクでは注入側である右肺や肺胞内、反対側の左肺、そして脾臓や肝臓、腎臓に分布が認められた。一方で滅菌調整タルクは肺にはあまり分布せず、脾臓にはやや分布し、その他の臓器にはあまり移行が認められなかった(Respir Med.:2009;103:91-97)。
また、人における胸膜癒着術後の肺の炎症について、滅菌調整タルクと小粒子径タルクをそれぞれ24例に投与し、A-aDO2(肺胞気動脈血酸素分圧較差)の変化によるガス交換能を比較したところ、滅菌調整タルクの方が全身性炎症が弱く、ガス交換が良好であることが確認されている(図3)。さらに癒着後48時間後に37.5度以上の発熱を示したのは、小粒子径タルクが41%、滅菌調整タルクが4%で、3ヵ月後の癒着成功率については小粒子径タルクが79%、滅菌調整タルクが85%であった。
これまでの検討からARDSはなぜ起きるのか考察してみた(表2)。

ユニタルク®市販後調査(副作用)の結果

滅菌調整タルクであるユニタルク®の安全性について、発売日から6ヵ月間実施された市販後調査では、推定2,300例の症例の中で、重篤な副作用であるARDSによる死亡が1例認められた。このことは、ユニタルク®であってもARDSが起こり得るということを示している。その他の重篤な副作用としては、高血糖と急性心不全による死亡例が1例ずつ、他に急性呼吸不全、呼吸困難、疼痛や発熱、胸痛等が認められた。
ユニタルク®の使用に際しては添付文書にも記載されているが、著明な肺線維症や肺気腫があり呼吸不全が強い患者、あるいは心機能が著しく低下している患者では慎重に投与する必要がある。そして、胸膜生検や胸膜擦過術などと同時または直後の使用は避ける。また10gを超える過剰投与や両側同時投与は避ける、ということが重要である。

[質疑応答]

Q:
初期段階でがん性胸膜炎が判明した場合は、その時点で胸膜癒着術を考慮す るべきなのでしょうか。
A:
胸水が少量で症状もない場合や小細胞癌やEGFR遺伝子変異陽性例などで、胸水に対しても薬物療法の効果が期待できる場合は、癒着せずに薬物療法を先行させます。胸水貯留が大量かつ急速で呼吸困難などが見られる場合は癒着を行います。
Q:
すでに入院してきた時には胸水が溜まって、病変部位がトラップされている場合は胸膜癒着術を行いますか?
A:
例えば下葉がトラップされていても、上葉の部分を癒着しておけば、そこの部分は器質化し、肺全体が縮むようなことがなければ、酸素化が保たれると思うので、部分的癒着をうまく進めていくことが重要と思っています。
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